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深山 敏郎

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第156回 困ったときの老荘だのみ エピソード56

2024/06/11

毎回老子の言葉をひとつずつご紹介しています。
コラムの155回目では、「自律にまかせよ」について検討してきました。
老子は言います。
われわれの内にしっかりと根ざしたものは盤石である、と。
「徳」を身につけ、それをしっかり守り続ける大切さを言っていたのです。

今回は「無心の強さ」です。

「無心の強さ」とは何か

今回は老子の言葉「無心の強さ」の意味をご一緒に考えましょう。
老子は言います。
内面に豊かな徳を湛(たた)えた人は、まるで赤ちゃんのようである、と。
無心な赤ちゃんは、毒虫も刺さず、猛獣も襲いません。
その肉体は柔らかく、か弱いのに、握る力だけはとても強いのです。
自然の精気がみなぎっているのです。

赤ちゃんは四六時中泣き叫んでも、その声は枯れません。
自然に順応しているからです。
「作為」ということをせず、自然に任せているのです。

人間は作為を身につけることによって、自然のあり方に逆らおうとします。
年老いれば段々力が弱くなり、また衰えます。
それが自然であって、それに逆らおうということは自然とは異なります。
いわば、「道」を理解していない行為です。
そうした自然を無視した行為は老子のいう「道」に外れた行為であって、長続きするものではありません。

「無心」と「作為」

私たちは必要のないことに腐心(ふしん)し、こだわります。
自然に任せて見守ればよいことも、そうはせずに、自然にあらがおうとします。
その結果、どこかにひずみが生じるのです。

「無心」であればよいのに、何かしら「作為」をしてしまうことがあります。

これは私たちの身体に関してもそのようなことが言えることですし、また、私たちがもし組織の一員だとすると、そこにおいても同じようなことが言えます。
時代の流れの中で自然なことを実行すればよいのですが、何かにしがみつき、また、自らの意に沿うように周りをコントロールしようとします。

そうした不自然なこだわり、それこそが組織を短命にする原因にもなりうるのです。

本コラムが私たちの日々の悩みを和らげ、深く自省するきっかけになれば幸いです。

「老子」に関しては、徳間書店「中国の思想」第6巻 「老子・列子」を参考にさせていただきました。

レジリエンスの高い人の特徴を詳しく知りたい方は、拙著:「レジリエンス(折れない心)の具体的な高め方 個人・チーム・組織」(セルバ出版)などをご覧いただければ幸いです。

(筆者:深山 敏郎)
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