先日、日本経済新聞電子版に「ハンズが出店攻勢へ 『強みの接客』AIで継承、顧客ニーズも把握」という記事が掲載されました。ハンズは2026年8月から、スマートフォンで対話しながら商品を探せるAI接客サービスを始めています。対象はヘアケアやスキンケア、傘、掃除用品など6カテゴリーの約2万アイテムです。記事は、リアル店舗での接客を強みとしてきたハンズが、なぜいまAI接客なのかを読み解いたものでした。背景にあるのは出店攻勢です。2022年にカインズの傘下に入ってから業績はV字回復し、30年までに140〜150店舗を計画しているといいます。ただ、店が増えれば新しい従業員も増え、人材育成が出店のスピードに追いつかなくなる。そこで、バイヤーや店舗スタッフの知見を学習させたAIを全店舗のスタッフが使えるようにし、接客レベルの底上げを図ろうとしている、という内容です。
ハンズのAI接客については、本コラム第283回でも取り上げました。サービス開始を伝える記事を読み、お客様の潜在的なニーズを探る「更問い」の仕組みに深くうなずいたことを書いています。今回はその取り組みを、経営と人材育成の側から掘り下げた記事です。結論から言えば、私が日頃から研修でお話ししている「デジタルとアナログの融合」、そして「目指すべきAI活用の考え方」を、見事に言語化してくれていると感じました。
まず印象に残ったのは、ハンズの歩みです。かつてはDIY文化の象徴として独自の地位を築きながら、競合店やECの台頭で専門性が相対的に薄れ、2021年3月期には約72億円の赤字に陥りました。そこからの分岐点が、親会社が東急不動産ホールディングスから、小売業を本業とするカインズに変わったことだったといいます。それまで店舗の裁量に任されていた仕入れや在庫管理をマニュアル化し、効率化を進めた。親会社が変わったことで、小売業の本来のあり方から自分たちを見つめ直すことができたのではないでしょうか。
第283回では、十年以上前に当時の東急ハンズさんへ人材育成のご提案をした際、「専門知識は極めて高いのに、それが思ったほど収益に結びつかない」という課題をうかがった記憶がある、とも書きました。もともと職人気質の強い会社だったからこそ、そこからなかなか脱却できなかったのでしょう。しかし逆に言えば、その職人気質をどうAIと融合させるかを深く考え抜き、仕組みとして構築できた。そこに今回の取り組みの本質があるように思います。
研修で受講者の皆さんと話をしていると、必ずと言っていいほど聞かれる疑問があります。どこまでAIに任せられるのか。属人的で職人肌的な技術、とりわけ接客のような対人スキルを、AIはどこまで再現できるのか、というものです。
ハンズのAI接客の中身を見ると、問い合わせの入り口をさばくだけの、いわゆる一次対応的なライトなものではありません。相当深く踏み込んだ、まさに職人的な接客を再現しようとしていることがわかります。
なかでも私が唸ったのは、「質問攻めしないこと」を組み込んでいる点です。記事によれば、開発で特に苦労したのがこの部分だったそうです。必要な情報がそろったら、原則2ラリー以内に商品を提示する。候補は3商品程度に絞る。5〜6個も並べるとかえって選びづらくなるという、現場スタッフの経験則が反映されているといいます。
第283回で私は、提案の質を決めるのは最初の質問ではなく、その次の質問、つまり「更問い」だと書きました。今回の記事は、その更問いには「引き際」もあるのだと教えてくれます。聞かなければ本当のニーズは見えてこない。しかし聞きすぎれば、お客様は煩わしさを感じ、買う気も失せてしまう。どこまで聞いて、どこで止めるか。こうした職人的な「塩梅」こそ、最も再現が難しい部分だと思っていました。それをきちんと言語化し、ルールとしてAIに落とし込んでいることに、正直、感動を覚えました。
塩梅というものは、本人さえ言葉にしたことがない場合がほとんどです。熟練者に「なぜそうしたのか」と尋ねても、「なんとなく」「経験で」という答えが返ってくることが少なくありません。それを「2ラリー」「3商品」という具体的な基準にまで落とし込むには、現場の声を丁寧に聞き取り、言葉にしていく地道な作業があったはずです。AIの性能以前に、この「暗黙知を言葉にする力」こそが取り組みの土台なのだと思います。第289回で、AIは本来、暗黙知の伝承を断ち切るのではなく、つなぐためにこそ使えるはずだと書きましたが、まさにその実例と言えるでしょう。
もう一つ興味深かったのは、AIだからこそ拾えるニーズがあるという点です。毛穴やシミの悩み、あるいは男性がスキンケア商品を探したいのに周囲の視線が気になる、といった対面では打ち明けにくい困りごとも、AIになら相談しやすい。対面の接客術をAIに反映させ、AIが引き出した会話のログが、今度は店舗での接客に生きてくる。記事の言葉を借りれば、リアルとデジタルの好循環です。デジタルは人の仕事を奪うのではなく、人の力を増幅する装置である。本コラムで繰り返し書いてきたことが、ここでも具体的な形になっています。
私自身も、日頃から研修のなかで、AIやDXを活用した仕組みづくりを推進しています。ベテランの経験則をどう言葉にし、どう仕組みに乗せ、どう若手の学びにつなげていくか。ハンズの事例は、その極めて実践的なお手本です。研修の場でも、ぜひ参考にさせていただきたいと感じる今日この頃です。