先日、日本経済新聞に「恋愛成就、AIがお節介 紹介文やデートのチャンス指南し交際率2倍超」という記事が掲載されました。マッチングアプリの運営会社が、過去のデータをもとに自己紹介文の作成やアプローチのタイミングを提案するAIを開発しているという内容です。交際経験がない20代の割合が過去最高に達するなか、AIが「おせっかい役」となって、恋愛ベタな現代人を交際へと導く時代が近づいているといいます。普段このコラムは仕事に関する話題がほとんどですが、今回は珍しく恋愛、とはいえオンラインがテーマですからマッチングアプリについて取り上げてみたいと思います。
正直に言えば、私自身はマッチングアプリを使ったことがなく、体感としてどんなものなのかは分かりません。ただ、自治体向けに婚活促進イベントを仕掛けている会社の社員研修を担当していることもあり、また少子化解消の一つの施策という観点からも、今回の記事はどうしても気になりました。どれだけマッチングアプリが世の中に流通したとしても、それが上手に活用され、婚活の成果へとつながっていかなければ意味がありません。そのためには、記事にあるように様々な機能を実装していく必要があるのでしょう。
そんな記事のなかで、私が特に心に引っかかったのは「仲人」という存在でした。記事では、恋愛に背中を押す強力なアシスト役として、運営会社の社長が「伴走型AIは現代の仲人のような存在」だと語っています。別のアプリでは「学生時代の友人」をコンセプトに、おせっかいな友人をAI化することで成功率を高めているともありました。今の若者のなかには「仲人って何ですか」と聞いてくる人もいると聞きます。仲人、いわゆる恋のキューピット(この表現自体もう死語かもしれませんが)という意味だと私は解釈しています。
思い返せば、昔の職場には、そうした世話を焼く人が必ずいたものです。私が銀行員だった頃は、それが地域の町会長だったり、職場に出入りしていた生命保険のおばさんだったりしました。当時と今とで大きく違うのは、職場への出入りが自由だったということです。セキュリティが厳しくなったことで、そういう方が職場からいなくなったのは確かでしょう。加えて、会社の上司や取引先の近しいお客さんなど、縁談を持ってきてくれる人もたくさんいました。
ところが、個人情報に敏感になり、過剰なまでにハラスメント意識が高まったことで、そうした人と人との関わりはすっかり影を潜めてしまいました。記事でも、恋愛におけるリスクの増大が背景にあると指摘されています。「彼女いるの?」といったプライバシーに関わる質問がご法度となり、社内恋愛は困難を極める。SNSの普及で気軽にメッセージを送ることさえ社会的リスクを伴うようになった。恋愛に口を出す上司や親戚は、もはや絶滅危惧種となりつつある——。記事のこうした表現に、思わずうなずいてしまいました。
それと並行して、ネット社会は進化し成熟してきました。AI技術をベースにしたネットワークが張り巡らされ、私たちは便利な環境を手に入れています。しかし不思議なもので、孤独な人が増えているはずなのに、なぜか世間とつながっているような錯覚に陥っている。人に気を遣わない、遣わせない、構わない、構わせない——そんな関わり方が当たり前になってきています。AIが仲人やおせっかいな友人の役割を肩代わりしてくれるのは、確かに現代に即した素晴らしい解決策の一つでしょう。ですが、本当にそれだけでいいのだろうかと、私はふと立ち止まって考えてしまうのです。
もっとも、これは記事の本題からは少し外れた私の感慨かもしれません。マッチングアプリやAIが、出会いの入り口で果たす役割を否定するつもりは毛頭ありません。むしろ、これまで一部の限られた人しか持てなかった「おせっかいな仲人」を、誰もが手にできるようになるという意味では、画期的な進歩だと思います。ただ、AIが背中を押してくれたとしても、最後に相手と向き合い、関係を育てていくのは結局のところ人間自身です。便利な道具を使いこなす力の前提として、人と人とが構い合う温かさのようなものを、私たちは忘れてはならないのではないでしょうか。
そして、これは私たちの職場や人材育成の現場にも、そのまま当てはまる話だと感じます。今こそ必要なのは、誰かを構ってくれる「おせっかい」な存在ではないか。若手が悩んでいれば声をかけ、つまずいていれば手を差し伸べる。そうした一見お節介にも思える関わりが、人を育て、組織を温かくしていくのだと思います。AIがおせっかい役を担う時代だからこそ、職場でも意識的にそのような存在をつくっていかなければならない。改めて、そう感じた今日この頃です。