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岩田 徹

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第251回 心臓を捧げる

2025/10/10

34年ぶりに東京で開催された世界陸上。

女子5000メートル予選でスタートから先頭に積極的に出て
先頭集団を引っ張った山本有真選手。
他の長距離種目では東京の暑さもあり、スローペースでレースが進み、
途中でペースの上げ下げを行って牽制し選手を削ぎ落とし、
最後に短距離選手並みのスパートを見せてゴールするシーンが多い中、
この種目だけは違う形でレースが進みました。

解説を務めた高橋尚子さんは、
日本人選手の作り出すペースは正確かつ一定のテンポのため、
外国の有力選手にとっては理想的なペースメーカーとなっているので不利である、
とおっしゃられていました。
山本選手が刻んだ1キロ72秒というペース。
実は同じ組で予選を走っていた田中希実選手がお願いしたペースでもありました。

国内戦で田中選手が引っ張ってくれたおかげで出場権を得た山本選手。
少なからず感謝の気持ちを持って挑んだ今回の世界陸上。
同じ組で走る田中選手には感謝の気持ちとともに、
日本選手としてどうしても決勝に進んで欲しいという気持ちがあったそうです。
スローペースになって最後のスパート勝負になると分が悪いと考えていた田中選手。
かといって自分が最初から先頭に出て引っ張り続けるのも難しい。
そんなタイミングで山本選手が田中選手に、
「作って欲しいペースがあれば言ってください。」と伝え、
田中選手は「スローになったら72秒で6周半押して欲しい」と答えたそうです。

山本選手にとって72秒で6周半押すペースは自己新記録ペース。
であれば世界陸上で全力を尽くそうと、自己記録ペースで積極的に仕掛けました。
結果、田中選手は組5着で予選突破。
一方の山本選手は他選手のペースアップについていけず組18位で予選敗退。
しかし、レース後には田中選手が山本選手に歩み寄り健闘を称え合いました。

レース前の選手紹介の際、山本選手は大好きなアニメ、進撃の巨人の調査兵団の
「心臓を捧げよ」のポーズを取りました。
まさに心臓を捧げる走りで自らの決勝進出を目指すとともに、
仲間であり恩人でもある田中選手に心臓を捧げた美しいレースでした。

世界大会という大舞台はそう巡ってくるチャンスではありません。
その一世一代の大舞台で自らのベストを狙いつつ、
仲間のための走りを実行した山本選手。
予選敗退の悔しさを表しながらも、どこか満足感を感じている様子も伺えた気がしました。
個人種目でありながら、誰かのために力を尽くすことで得られた幸福感。
次こそは山本選手の決勝進出や自己ベスト更新を見たい、応援したい。
そんな思いを抱いた5000メートル予選でした。

自分一人の成果を追い求めるだけでは得られない幸福感は、
ビジネスの世界でも、きっと誰かの役に立つということで得られるのではないでしょうか。