悪意さえあれば、「ひどい人だな」と思える。
相手を悪者にもできます。
でも、本当に厄介なのは、悪意なく人を傷つけてくる人。
今日はそんなお話です。
きっと、多かれ少なかれ、誰もが経験したことがあるかもしれません。
例えば、人の心をえぐるようなことを言うのに、本人はニコニコしています。
悪意がないからこそ、平気で言えてしまうんですよね。
そんな人を見ると、私は怖くなります。
もしかして私も、同じことを誰かにしているんじゃないだろうか。
お互い様なのかもしれないな、と。
今日は、私が経験した2つの『軽めの出来事』を…。
過労で倒れた時のこと
昨年、私は過労で倒れました。
1か月ほど起き上がれず、かなりひどい状態でした。
多くの方にご心配やご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳なく思っています。
そんな中、人の関わり方には大きく分けて2種類ありました。
一つは、
「とにかく休んで」「仕事禁止」「返事もいらないから」と言ってくれる人。
もう一つは、
「本当に心配しています」「すみちゃんがいなくなったら困る」と言いながら、
その後に、「あれして」「これして」と頼み事をしてくる人でした。
よーく考えると、「すみちゃんがいなくなったら困る」という言葉の主語は相手なんですよね。
私がどうかではなく、相手が困る。
当時、私は過労の後遺症で目がほとんど見えませんでした。
めまいもひどく、起き上がることも難しかった。
もちろん、その状況をお伝えしていました。
それでも音声を使って連絡を返したり、資料を作ったりしていました。
その依頼は、仕事ではなく断ろうと思えば断れる内容でした。
でも、「なるべくやってあげたい」と思ってしまったんですよね。
なんとか対応すると、「そんな大変な中ありがとう」と言われる。
そして続けて、「ごめんね。あれもやってくれる?」と言われる。
その時、「ああ、魂ごと持っていかれるな」と思いました。
こうして書くと、「それ悪意あるじゃん」と思うかもしれません。
でもきっと、悪意はないんだと思うんです。
ただ、想像力が追いついていないだけなんだと思います。
そして、無理しないでね、と言いつつ、無理させていることには無頓着。
悪意があれば悪者にできます。
でも悪意がない。
だから残酷なんですよね。
私が「もうこれ以上は無理です!」と強く、訴えたら、その依頼は止まりました。
だから私にも課題がありました。
最初から断ればよかったんです。
無理をする必要はなかった。
そこは私自身の気づきでもありました。
「もう分かりました」と言う人
もう一つ。
私は感情対話をお伝えしています。
でも感情対話って、本当に奥が深いんです。
やればやるほど、さらに奥が見えてきます。
教えている私自身も、まだまだ探求の途中です。
そんな中で、「もう分かりました」と言う人がいます。
もちろん、理解した感覚があること自体は素晴らしいことです。
でも私はいつも、「分かったつもりと、できるようになることの間には大きな溝がある」と伝えています。
だからまず実践してほしいんです。
ところが、ほとんど実践していないのに、「もう理解しました」と言って、自分のコンテンツとして人に教え始める人がいるんです。
別にそれ自体は自由です。
私は広めてもいいと言っています。
だからやること自体は全然構いません。
ただ、学んでくれた誰よりも、まだ入口にいるように見えるんです。
なぜなら、本当に深めれば深めるほど、「もう分かった」とは言えなくなるからです。
もっと深められる。
もっと探求できる。
いくらでも奥がある。
そう伝えても、「私はもう分かりました」と言う。
そして本人には悪気がないんです。
心から、「私はもう大丈夫」と思っている。
そして一番怖いこと
悪意のある人より、悪意のない人のほうが残酷なことがある。
でも、最初にも言ったように、私が一番怖いのは、
「自分も同じことをしているかもしれない」
ということです。私も知らないうちに、誰かを傷つけているかもしれない。
悪気なく、何かを奪っているかもしれない。
だからこそ、いつも自分を振り返りたいと思います。
本当に同じことをしていないだろうか。
もししていたら、ごめんなさい。
そうやって省みながら、少しずつ成長していきたいと思っています。
一番残酷なのは、悪意のない人なのですから。
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