「土台」と、業界全体で守るべきもの
先日、日本経済新聞に「NTTの島田明社長『ドコモの品質改善に全力』 株主総会で言及」という記事が掲載されました。NTTの株価が子会社であるNTTドコモの業績不振を理由に伸び悩むなか、開かれた株主総会で、島田社長がドコモについて「顧客基盤の強化と品質改善に全力で取り組んでいる」と述べたという内容です。記事によれば、ドコモは基地局への投資不足によって消費者向け通信の「つながりにくさ」が目立ち、利用者離れが進んでいるといいます。今回は、いつものような人材育成の話というより、一人のユーザーとしての私の率直な愚痴、いや切実な願いを書かせていただきたいと思います。
実は私自身、携帯電話を使い始めた当初からの、かれこれ30年来のドコモユーザーです。そして最近、正直なところ「つながりにくいな」と肌で感じる場面が増えてきました。もちろん、他社の携帯と厳密に使い比べているわけではないので、「ドコモだけが本当につながらない」と断定するつもりはありません。しかし、これだけ多くの方が同じように感じ、記事のような形でデータにも表れているのですから、やはり何かしらの実態はあるのだろうと思わざるを得ません。
基地局への投資が遅れているという指摘についても、私は通信の専門家ではないので技術的な是非を論じることはできません。ただ、通信会社にとって基地局は、まさに事業の生命線とも言うべき土台です。その土台への投資が手薄になっているとすれば、品質に影響が出るのは想像に難くありません。記事のなかで島田社長が「ドコモの業績回復がグループ全体のキャッシュ創出力の源泉だ」と強調していたように、まずは本業である通信の足元をしっかり固めることが、すべての出発点になるはずです。
一方で、ドコモが通信以外の多方面へとビジネスを精力的に拡大していることも理解しています。国からは料金の値下げを継続的に求められ、楽天モバイルの新規参入以降は競争も一段と激しくなりました。収益の柱を増やそうとするのは、企業として必然の判断でしょう。法人向けのビジネスソリューションや、衛星通信「スターリンク」との連携など、その取り組みは多岐にわたります。ドコモという巨大なブランドと組みたいという企業も多いでしょうから、ビジネスの裾野が広がっていくのは自然な流れだと思います。
ただ、いちユーザーの本音を言えば、「事業拡大は結構なことだが、その前にまず、きちんとつなげてほしい」という思いも確かにあるのです。スターリンクのような技術は、地震や台風といった災害時の備えとしては不可欠なものでしょう。それは重々承知しています。しかし、それ以前に、日常生活のなかでの「普通の通信」を当たり前に使えるようにしてほしい、というのが偽らざる本心です。とりわけ、仕事で移動の多い私にとって、移動中につながらないというのは、切実な死活問題なのです。
もっとも、これは決してドコモだけを責めて済む話ではないのかもしれません。近年、世の中全体で通信を利用する量が爆発的に増えました。動画視聴は当たり前になり、誰もが常時ネットにつながっている。素人目に見ても、通信回線はかなりパンパンの状態なのだろうと想像します。そして、この通信事業に参入できる業者は、その性質上どうしても限られています。だからこそ、競争が激化しているとはいえ、各社はある程度は守られた立場にあるとも言えます。守られた立場にあるならばこそ、なおさら社会的な責任は重いはずです。
そう考えると、これはもはや一社の企業努力の問題にとどまらず、社会インフラをどう維持するかという、より大きな問いにつながっていきます。本コラムでは、第270回で高齢者のスマホ活用を、第275回で子どものSNS利用を取り上げ、スマートフォンが今や老若男女を問わない「万人共通ツール」として社会に深く根付いていることを繰り返し述べてきました。スマホ一つで生活のすべてが完結する状況は、もう既に到来しているのです。電気や水道と同じように、通信もまた、止まることが許されない生活の土台になっています。
便利なデジタル社会は、この「つながる」という当たり前の土台があって初めて成立します。私たちは普段、AIだ、DXだと華やかな応用の話に目を奪われがちですが、その足元を支えているのは、地道な基地局への投資であり、回線というインフラそのものです。土台が揺らげば、その上にどれだけ立派なサービスを築いても、砂上の楼閣になりかねません。これは、企業の人材育成において、流行りの研修手法に飛びつく前に、まず一人ひとりの基礎力という土台を固めることが何より大切だという話とも、どこか通じるものがあると感じます。
だからこそ最後に願うのは、一社単独での努力はもちろんのこと、業界全体で互いに協力し合い、日常生活のなかで誰もが当たり前に「つながりやすい」通信環境を築いていってほしい、ということです。限られた事業者だけが担える社会インフラだからこそ、過度な競争で疲弊するのではなく、守るべき土台は共に守る。そうした視点が、これからますます求められるのではないでしょうか。移動の多い一人のユーザーとして、そして便利なオンライン社会の恩恵を享受する一人の生活者として、そんな当たり前の安心が早く取り戻されることを、切に願う今日この頃です。